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「シュールストレミング」あるいは「タヌキとムジナの微妙な関係」

  • 2015年05月06日(水) 12:45:12
  • 奮闘記
冬に、缶詰を作った。

缶詰。
桃缶とか、鮭缶とかの、あの、缶詰。
どうせなら、いろんなものを詰め込もうと思った。

大きめの缶を用意して、まずは缶詰の定番、サバを入れた。
サバの水煮缶、おいしいよね。マヨネーズかけてビールで流し込むのが好き。
だから一品目はサバにした。

それから思いつくままに、でたらめに、食品を入れていった。

ハンバーグ、カレー、コカコーラ、
アヒージョ、牛丼、親子丼、
過去、未来、お寿司、
おとな、こども、焼肉、
祭り、準備、ラーメン、
汗、涙、精液、
涙、涙、笑い、
ピーマンの肉詰め、マグロを炙ったやつ、玉子と豚肉を炒めたやつ、
白くてつやつやのおいしいごはん、
しげるくん、きょうこちゃん。

ちょっと詰め込みすぎちゃって、缶がパンパンになったけど、まあ、なんとかなった。

僕はその缶詰を、シンクの下にしまった。
いつか食べる物に困ったら、この缶詰を開けて食べよう。



それから一カ月ぐらい経って、シンクの下を覗いてみた。

缶詰はパンパンに膨張していた。今にも破裂しそうだった。
どうやら、缶の中で発酵が進んでいるらしい。
シュールストレミングみたいだ。



さらに一カ月が経って、
ある日、家に泥棒が入った。
泥棒といっても、僕の在宅中に玄関のドアをぶち壊して入ってきたから、どちらかといえば強盗に近い。

僕はもう、腰を抜かすぐらいビックリ仰天したけれど、とりあえず泥棒にお茶を出して、それから世間話をした。
なんでそんなことしたんだろう?
たぶん、僕はちょっと、馬鹿なのだ。

泥棒はどうやらずっと長いこと僕を監視していたらしく、
(家じゅうの至る所に監視カメラと盗聴器があった)
シンクの下に缶詰があることまで把握していた。

そして僕の首筋にナイフをあてがって言った。

「缶詰を開けろ。殺すぞ。」

僕は驚くほど冷静だった。

「別に開けても構いませんが、あまりおすすめしません。
これを見てください。缶が膨らんでいるでしょう?発酵し続けているんです。中で。
ですから、もしこれを開けた場合、腐った汁が勢いよく飛び出し、腐臭が部屋に充満するでしょう。」

「腐っているのか?」

「いいえ、腐ってはいません。【発酵】です。【腐敗】と【発酵】は異なります。
しかし、ある意味では、この二つは同じと言えます。【タヌキ】と【ムジナ】のような関係かもしれません。」

「ちょっと何言ってるかわからない。とにかく、開けろ。死にてえのか?」

「……わかりました。開けましょう。
ただ、ごめんなさい、今からちょっと仕事に行かなくてはなりません。
帰ってからでもいいですか?」

「……わかった。待ってる。」



僕は逃げるようにして家を出た。
泥棒が怖かったからじゃない。
缶を開けるのが怖かったんだ。
シュールストレミングの汁が衣服についたら、洗濯したって取れないんだ。

マンションのエレベーターに乗ったところで忘れ物に気づき、泥棒の待つ部屋へ戻る。
泥棒の表情が変わる。

「仕事行くの、やめたのか!?」

「あ、いえ、違います、ケータイ忘れちゃって。」

「……」



いつも稽古場で役者さんに言っていることだが、
人間はピンチの時ほど冷静に振舞うし、
真剣な時ほど滑稽なことをしちゃうんだ。



仕事を終え、家に戻る。
泥棒は缶切りを準備して待っていた。

「……やっぱり、開けるんですね。」

「当たり前だ。」

正直なところ、僕はもはや、缶を開けたい欲求で頭がいっぱいだった。
その日は仕事どころではなかった。
缶。開けたい。缶。開けたらダメだ。缶。でも開けたい。
ぐるぐるぐるぐる。缶缶缶カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。

「わかりました。僕の負けです。開けましょう。」

心はとっくに決まっていたくせに、わざと勿体付けて言ってやった。
こういう自分は大嫌いだ。

僕は缶切りの刃を缶に突き立てた。



ブシュュュュアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ



噴水。
まるで噴水。
缶の中身たちはもはや原型をとどめておらず、どす黒い液体が噴水のように溢れ出た。

この世のものとは思えない悪臭が部屋を支配する。

「ああ……どうしよう、賃貸なのに……」



繰り返すが、本当にピンチの時、人は案外冷静なのだ。
(役者さんはぜひ覚えておいて欲しい。)



「ちょっと、どうしてくれるんですか。これもう、臭い取れま……」

……あれ?
振り返ると、そこにもう泥棒はいなかった。


はえーな、おい。
逃げ足、はえーな、おい。
でもなんで?
缶、開けたかったんじゃないの?
開けた後どうなるか、興味ないのか?

僕は少しだけ考えた後、
「そりゃそうだよな。」
と、思った。

なんでかはうまく説明できないのだけど、
「そりゃそうだ。」
って、深く、正しく、納得できた。

だって、そういうふうに世界はできているんだ。

そんなことはどうでもよくて、この消えない臭いをどうにかしないといけない。
ファブリーズかけようが何しようが、ぜんぜん取れない。

あまりにもきつすぎる。
あまりにもきつすぎるんだよ。
あまりにもきつすぎる。
わかるか?
このきつさが。
だって、缶詰開けちゃったから。
きついよ。きついに決まってるじゃん。

きついよ。







その一か月後、僕は自殺をした。

死に際、それでも僕は、僕の書く劇があの子に届けばいいと思ったし、それであの子が一生泣いちゃうことがなければいいのにと思った。
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